ぼんやりと遠くを見ていた。 目を閉じると光だけが残った。 ――小林のりお『LANDSCAPES』(1986年)
光の記憶。 かつて想像された未来空間へ実際に立ち会った時、新しかったはずのこの場所へと向けられる、複雑な感情をどのように表現すれば良いのだろう? 『ニュー・フラット・フィールド』という展覧会は、20世紀に誕生した郊外空間を舞台としながら、そのような問いに端を発しています。理想郷としてのニュータウン/新しい街は、とうに新陳代謝を失い、色褪せ、透明だった窓たちは半透明なものへと変化したように思われます。
そこで、人々によって生きられた空間を、眺めることから始めてみる。 そして、人工都市に漂う浮遊感の中に、微細な、変化の兆候を見出すよう努めてみる。
『ニュー・フラット・フィールド』の「New」は、新しさを謳いながら、必ずしも新しさを意味することなく、まるで、もう一度その新しさを生き直しているかのようです。そこには、多層的な新しさが重なり合います。
何も起きることのない平坦な戦場(※)を、一息に駆け抜けた私たちは、かつて夢見た未来空間を確かに生きています。しかしながら、私たち自身は、その未来に追いつくことは決してなく、別の未来へと向けて歩み始めます。
それは、表層的な既視感の中で、未だかつて誰も見たことのなかった、新しい風景となることでしょう。
※岡崎京子『リバーズ・エッジ』(1994年)中の言葉。同作はウィリアム・ギブソン『愛する人(みっつの頭のための声)』(1991年)から引用している。