review

「from/to #3」WAKO WORKS OF ART

高嶋雄一郎

同ギャラリーが、若手を紹介するために昨年から開催している企画の第3回。その一室で、石井友人の4点の作品が拮抗していた。

端正な空間の白壁それぞれに一点ずつ絵画が掛けられている。一方は鬱蒼と茂る雑木林を彩る桜と空が描かれた作品。他方で、ハレーションともノイズともつかない、縦横に走る鮮烈な色彩が敏活に描かれ、奥行きというよりは広がりを感じさせる作品。大きさこそことなれどこの2点はいわば二連画であり、よく観ると同主題の対解釈であることが判る。

つまり、前者は、作家が自らが撮影した写真を忠実に再現する意図で制作されており。その筆致は薄く滑らかで、あまたの色彩が織り混ざり、穏静かつ荘厳な佇まいを醸している。これは石井が自ら世界をどのように認識しているかを知るために描かれた。そのタッチの一つごとに、彼は自らが「描く」「見る」という所為を強く感じるのだ。現実に拘束されることによって、作者はこの世界における自己の在り方を反芻する。 ならば後者は、彼がどのように世界を表出するのか、という問題に関わっているだろう。こちらは垂直線と水平線の潔い筆致が幾重にもなり、そこで行き交う色彩は前述の作品とは別の基準をもとに対象を再構成している。一方で緻密に描かれていた対象はここでは捩じ曲げられ、私的感情を一層内包しながら、その情報量の多さかにフリーズした画面のようだ。

よって、この二連画は、彼自身の内/外に関する知覚を表裏一体となって現している。これは、彼がタイトルに「信号 Signal」と付すことからも窺える。これは「パソコンにおけるデータ」という意味合いで引用されているそうだが、シグナルとはそうした単なる電気的波形のみならず、絵画を描く際の契機をも意味するのだろう。自我と他我とを結び得る符号としての作品。そんな、彼の作品は、絵画を描くという本意すらも超え、我々が世界を認識するという所為がどういうことなのか教えてくれる。